ストリーミングを創造し、絆を結ぶ。
夢などというものは口にすればするほど頼りなく、どこか恥ずかしいものです。
それでも私たちは信じているのです。
我々は「Realize a Dream」。夢は叶えるためにある。
RAD Streamingは夢を現実へと引き寄せようとする、
少し不器用なストリーマーの集まりです。
RAD Streaming設立の経緯
2016年。
当時、私が拠点としていた配信プラットフォームは、
殆ど「格闘ゲームの世界大会を見る場所」
あるいは「プロゲーマーの配信を見る場所」として認識されていました。
それはそれで立派な世界でした。
けれど私はどこか落ち着かなかったのです。
「プロでなくとも人を惹きつける者はいるはずだ」
名札や肩書きとは無関係に、ただ「面白い」という理由だけで、
誰かの夜を照らす配信者がきっといる。そう信じたのです。
競技の外側にあるもう一つのエンターテインメント。
まだ名もない可能性を形にするため、
2016年6月、私たちは「RAD Streaming」を結成しました。
RAD――それは「Realize a Dream」。
個人の小さな願いをチームの力で現実へ変える。
その決意を少し大げさに、しかし真剣に込めた名です。
日本のTwitchで初めての料理配信。
日本で初めてのPokemon GO旅配信。
日本で初めてのPlayStation VR配信。
前例がないと言われる度、 
むしろ胸が高鳴りました。
市場にまだ置かれていない価値を、そっと差し出すように。
無名からの出発でした。
けれど挑戦を重ねるうちに、
4名のメンバーのうち2名がTwitch公式パートナーとして活動するまでになりました。
それは誇りであると同時に、
まだ道半ばであるという静かな自覚でもあります。
RAD Streaming代表 mimicchi / みみっち

RAD Streamingの目指す事
ーストリーミングを創造するー
正直に言えば、
私はインターネットというものを初めから信じていたわけではありません。
黎明期のそれは、どこか薄暗く、
名も顔も隠した人々が漂う夜の市場のようでした。
便利ではあるが、どこか落ち着かない。
長居をする場所ではない、そんな印象さえ抱いていました。
けれども、気がつけば時代は変わっていました。
回線は速くなり、端末は軽くなり、
そして人々はハンドルネームという名を携えて、
画面の向こうにもう一人の自分を立たせるようになったのです。
名を持つということは不思議なものです。
責任も生まれますが、それ以上に覚悟が生まれる。
そこから会話が始まり、笑いが生まれ、
いつしか小さな共同体が築かれていきました。
その象徴がストリーミングでした。
テレビのように整えられた舞台ではなく、
むしろ不完全で、危うくて、
時には失敗もそのまま映ってしまう世界。
けれど、だからこそ心が動く。
語りかければ返事があり、
冗談を言えばすぐに笑いが返ってくる。
その距離の近さに、私は救われたのかもしれません。
思えば、
かつて生放送の番組を観ながら、
「次は何が起こるのだろう」と胸を躍らせたことがありました。
今、その高揚は、
ただ観るだけではなく、自らの手で生み出せる。
それがストリーミングという文化です。
私たちRAD Streamingは、
その可能性をほんの少しでも信じている集まりです。
我々が成し遂げたいもの
一、楽しさについて
楽しさ、とは実に曖昧なものです。
数値で測れるわけでもなく、
理屈だけで生まれるわけでもない。
それでも私たちは、配信や動画を通して、
少しでも誰かの一日に光を灯したいと願っています。
大会を開き、企画を練り、
不器用ながらも挑戦を重ねる。
それは、華々しい理想というよりも、
「退屈で終わらせたくない」という、ささやかな抵抗なのです。
二、プロモーションについて
宣伝、という言葉にはどこかよそよそしさがあります。
けれども、本当に良いものは、
語りたくなるし共有したくなる。
私たちはストリーマーとしての視点から、
視聴者と同じ目線で語ります。
押しつけるのではなく、
一緒に面白がる。
そこにこそ本当の伝達があると信じています。
三、絆について
インターネットの関係は脆い、と言う人もいます。
確かに回線が切れれば会話も途絶えます。
けれどそれでも続く関係があります。
オフラインイベントを開き、
画面越しの名前が、実際の笑顔と結びつく瞬間。
そのとき私は、
この仕事は無意味ではなかったのだと、
少しだけ救われた気持ちになるのです。
四、育成について
才能、は放っておけば埋もれてしまいます。
私たちは同じ志を持つ配信者と共に歩み、
知識を分け合い、
時には失敗も共有します。
我々はインターネットと軽視しません。
インターネットの世界で生きている以上、
現実と同様、責任が伴います。
だからこそ、
誇りを持てるストリーマーであってほしい。
それが私たちの願いです。
配信というものはまだ完成していません。
完成していないからこそ、
いくらでも変われる。
私たちは大それた革命家ではありません。
ただ、
画面の向こうで笑ってくれる誰かを、
もう一度笑わせたいだけです。
その積み重ねの先に、
もし「幸せ」と呼べるものがあるのなら…。
それを創り続けること。
それが、RAD Streamingの目指す姿です。




